INTRODUZIONE

今回上映される3本の傑作は、中期の『山猫』以降の作品の華やかさはないかもしれない。

しかし、この3本は、まぎれもないヴィスコンティ作品である。

ヴィスコンティは、主人公を追い詰め、主人公のあがきと苦悩に、人間性を

見出そうとする。そこに、ヴィスコンティ映画の神髄がある

                                                                                                                ―――柳澤 一博(ヴィスコンティ評論・研究)

 映画史に残るイタリアの巨匠ルキーノ・ヴィスコンティ(1906~76)。

 日本では長らく不遇の存在で、全19作品(中・短篇5本含む)の約半分しか生前に公開されなかった。転機は没後2年に初公開された『家族の肖像』の大ヒット。これを受け、80年代にヴィスコンティは映画の枠を超えたブームとなり、未公開作が全て公開された。その時、観客を魅了したのは中・後期の作品、名門貴族の末裔だからこそ創り得た絢爛豪華な映像と美しき頽廃の物語である。

 だが、前期のヴィスコンティは自らの階級と相対する民衆の側に立ち、社会問題や働く者の力強さ、生きることの意味を描くネオレアリズモの監督だった。今回上映される3作品はその時期の代表作だ。前期と中・後期の作品世界は全く違う。だが、人間の本質を容赦のないリアリズムで描くという姿勢は一貫していた。だからこそ普遍性を持ち、世紀を超えた今でも古くなることはない。厳しいまなざしの先に人間の希望と未来を見ようとしたヴィスコンティ。その深さには感銘を覚えずにはいられない。

 生誕110年没後40年を迎え、80年代以来の規模で上映が続くヴィスコンティ作品。その中でもこの3作品は、普通に生きることが困難になってしまったこの時代にこそ観て欲しい傑作である。